毎日のようにバンドに明け暮れていた私ですが、
2学年の半ばになると気がそれてしまうことが増えてきました。そう、受験シーズンに入ったのです。
進学率には甘い公立高校でしたので、大学受験ではなく就職活動をする同級生も少なくありませんでした。
目標に実力が追いつかず、毎日のように指導を受ける生徒もいるなか、
私は特に教師から心配されていたのを覚えています。
不良のように校内で問題を起こしていたわけではありませんでしたが、
これといった個性も目的もなく日々を過ごしている姿が、指導する側としては
かえって気にかかったのでしょう。
担任は私のことを理解していない
繰り返し述べてきたように、私は学校の中と外では大きく態度や雰囲気が変わる少女でした。
「あなたは控え目だから」「引っ込み思案だから」と何かと担任に言われていましたが、
それも私のほんの一面なのです。一部しか知らないのに、まるで私という人間をすべて知り尽くしているかの
ように言われるたび、心の中では大人を見下していました。
担任に対しこのように壁をつくっていたので、進路指導や面談でどれほど心配されようが、
適当にその場をやりすごしていました。
具体的にいいますと、受験ではなく就職をする、と言って逃れていました。
実際、その進路を選んだ方が楽だったのです。受験は一年の内のほんの数日間行われる試験に
全てを賭けます。けれども就職活動でしたら試験日や面接日は企業によってまちまちですし、
また1社落ちたところで幾らでも新しい候補はあります。
就職の道を進むと宣言すると、周りからは月並みなことばで応援されるだけで済みました。
自分のために時間を使いたい
早く自立したいと思っていたのも事実でした。お金と時間に縛られるのはこりごりだったのです。
もし大学に通うと、学費などについては母に頼らなければなりませんし、なにより試験があります。
落第したくないから。
それだけの理由で、興味のない単語や数式を覚えることに時間を割くことにうんざりしていたのです。
成績も芳しくなかったので、奨学金を貰うという道も断たれましたが、別に後悔はしていませんでした。
そんなことより、私は様々なことに挑戦したくてうずいていました。
自分自身でお金を稼ぎ、経験を積み、自立したかったのです。
学校の授業中、受験生のクラスメートが真剣に耳を傾けているのを片目に、私はノートに夢を描いていました。
人生計画とまではいかないまでも、いずれやってみたいことを書きだしては想いを巡らせていたのです。